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「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その11) [落語]

11.お隅の死 

登場人物:

お隅(惣次郎の嫁)

安田一角(横曾根村の剣術家)

貞蔵(安田一角の内弟子) 

母(惣次郎と惣吉の母)

惣吉(惣右衛門の次男)

多助(惣次郎の家の奉公人)

麹屋の亭主

石田作右衛門(羽生村の顔役)

太七郎(村の者)

九八郎(村の者)

上(かみ)の婆様(村の者)

甲(村の者)

乙(村の者)

丙(村の者)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

和尚(惣次郎、お隅の菩提寺の住職)

武士3人

謎の尼(塚崎村の観音堂の尼)

塚崎村の男

道恩(藤心村の観音堂の住職)

男(道恩の連れ)

あらすじ:2通の書置を残して、お隅は裸足で雪道を駆けていった。向かうは安田一角のいる交遊庵。

暁方(あけがた)になって麹屋では血だらけになった富五郎の死骸が見つかり大騒ぎに。傍にお隅の残した書置が2通あり、内容を改めた麹屋の主は大勢の人を頼んで恐々ながら交遊庵を訪ねてみると、一角はおらず、一角の内弟子である貞蔵の死骸が転がっており、返り討ちにあったお隅も無残な姿で見つかった。

お隅が残した2通の書置は羽生村へ届けられ、母も惣吉も多助も、「アアそうとは知らずに犬畜生ののような恩知らずの女と悪(にく)んだのは悪かった・・・」と嘆き悲しむばかり。「悪いは一角、早く討ちたい」と思うものの、何しろ年を取った母と子供の惣吉ではどうにもならず、花車を訪ねて親子2人で上総の東金へ行くことに。名主役は村の顔役の石田作右衛門に預けることとなった。

惣吉親子とは入れ違いに、花車は惣次郎の菩提寺へ香花を手向けに現れた。そこの住職にお隅のことや惣吉親子が花車を頼って東金へ出発したことなどを聞く。惣次郎を殺した犯人は安田一角に定まったので、花車も惣吉親子を追いかけることに。途中、3人の武士に取り囲まれ、追い剥ぎされそうになる。3人は安田一角の回し者で、花車をなぶり殺しにすれば一角から手当をもらえるという算段であった。

花車「まアそんなに押さえられては困りますね、待ちなさい上げますよ、・・・」

武士「くれぬといえば許さぬ、浪人の身の上切取強盗は武士の習い、いい出しては後へ引かぬからお気の毒ながら切り刻んでもお前の物は残らず剥ぐぜ、・・・」

花車「だから上げるけれども、待ちなさいよ」と左の手に持っていた傘をぽんと投げ出し前から胸倉を取って押さえている一人の帯を押さえてぽんと投げると、庚申塚を飛び越して、薄氷の張った沼の中へ落ちた。残る2人のうち、一人は逃げ出したが、もう一人は花車の後ろに組み付いていたので、これを押さえつけると、「うーん」と息が止まった。

花車「みっともねえ面だなア、此奴も投げ込んでやれ」と沼へ放り込み、傘をもってのそりのそり進んでいった。角力取というものは大まかなもので・・・。

惣吉親子の方はというと道中、母親にきりきり癪が起こり、癒えるまで宿で長逗留を強いられることに。そのうち年も果て正月となり、元日に寝ていては縁起が悪いと、病体をおして惣吉の手を引いて出立。小金ヶ原へ掛かり、塚前村の知己(しるべ)の処へ寄ってやっかいになろうとしたが、子供に婆様で道ははかどらない。霙(みぞれ)が降りだし、とっぷり日は暮れてしまった。小金ヶ原から3里ばかりのところの大きな観音堂のところで母親を再び癪が襲った。

母「アア痛い、あああのお医者様から貰ったお薬・・・、あれ汝(われ)持って来たか」

惣吉「あれ己(おれ)置いてきた」

母「困ったなア、ああ痛い痛い」

そこへ色白のでっぷりとした尼が現れ、「それはお困りだろう、どれどれ此方へ這入りなさい」と観音堂の奥へ案内した。

尼「薬がなくっては困ったもの」。この先を一町ばかり行くと休憩処があり、そこで良い薬が手に入るはずだからと惣吉に買いに行かせることに。惣吉は御年10歳の子供だが、親孝行者で、尼に言われたとおりの道を進んでいったが、途中で道を尋ねてみると、薬は小金まで行かねば手に入らないと言われる。小金までは子供ではとても行かれない距離だという。心細くなった惣吉は観音堂へ戻ってみると、情けないかな母親は咽喉を二巻ほど丸ぐけで括られて虚空を掴んで死んでいた。荷物も多分の金もなくなっており、尼の姿もなかった。

惣吉がヒイヒイ泣いていると、そこへ藤心村(ふじごころむら)の観音寺の和尚・道恩が供の男と一緒に通りかかった。訳を訊いた道恩は気の毒がり、供の男を走らせて村方へ知らせにやった。

道恩「誠に因縁の悪いので、親の菩提のため、私が丹精してやるから、仇を討つなどということは思わぬがいい、私の弟子になって、母親や兄さんのために追善供養を弔うがいい」

惣吉は道恩の弟子となり、剃髪し、名を宗観と替えて仏門に入ることになった。

以下、その12へつづく・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その10) [落語]

10.お隅の仇討ち

登場人物:

お隅(惣次郎の嫁)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

母(惣次郎と惣吉の母)

惣吉(惣右衛門の次男)

多助(惣次郎の家の奉公人)

山倉富五郎(元・座光寺源三郎の用人)

弟子衆(花車重吉の弟子たち)

安田一角(横曾根村の剣術家)

麹屋の亭主

あらすじ:

花車の来訪に惣次郎の母親もお隅も多助も皆喜んだ。花車は法恩寺村で田舎相撲の場所を開こうとしていたところにこの騒ぎとなったが、訳あって姿を現さなかったのだという。お隅から惣次郎殺害の経緯を確認した花車は、富五郎という男が一緒だったことを知る。富五郎は外出中だったため、それならと、殺害現場で拾った惣次郎の脇差しを包みから取り出した。富五郎の証言では惣次郎は脇差しで斬り合ったことになっているが脇差しは松ヤニで抜けなくなっている。また、主を残して富五郎だけが逃げてきた点からも、富五郎が怪しい。安田一角に鼻薬を嗅がされて、惣次郎殺害の手引きをしたに違いないとにらむ。

花車「こうしておくんなさい、私(わし)は黙って帰るが、富五郎が帰ったら、今日花車が悔やみに来て種々(いろいろ)取り込んだ事があって遅くなった、就いては他(ほか)へ二百両ばかり貸したが、どう掛け合っても取れないから・・・、もし富五郎さんが間へ這入ったら向こうの奴も怖いから返すだろう、もしお前の腕から二百両取れたら半分は礼に遣るが、どうか催促の掛合に往ってはくれまいかと、花車が頼んだが行ってやらんかといえば、欲張っているからきっと遣ってくるに違いない・・・」

富五郎をおびき寄せる算段がまとまり、花車は帰っていった。入れ違いに戻ってきた富五郎に、母親が貸金の掛合の件を説明すると、

富五郎「なに直ぐに取って上げましょう、造作もありません、百両・・・百両・・・なアに金なんぞお礼に戴かぬでもご懇意の間でげすから直ぐに行って参ります」

富五郎はいそいそと花車のもとへ向かった。花車宅では2人の弟子がいて、もし途中で富五郎が逃げ出したら捕まえて取り押さえるという段取りになっていた。

花車「富さん、お前さんが供に行ったのだとねえ」

富五郎「さよう・・・。面部を包んで長い物をぶち込んだ奴が14,5人・・・、突然(いきなり)竹槍をもって突いてくるから、私も刀を抜いて竹槍を切って落とし、・・ちょんちょん切り合いました、すると旦那も黙っている気性ではないから、すらり引き抜いて一生懸命に大勢を相手にちゃんちゃん切り合いましたから、刀の尖先から火が出ました・・・」

花車「うんそうかえ、富さん、もっと側へお出でなさい、今日は一杯飲みましょう」

富五郎「それは誠に有難いことで、時に何かお頼みがあるという事で・・・」

花車「さて、富さん、人と長く付合うには嘘を吐(つ)いてはいかないねえ」

富五郎の説明は全部嘘だと言われ、びっくり驚く富五郎。

富五郎「関取でなければ捨て置けぬ一言、手前も元は武士でござる・・・」

花車「嘘をつくない、正直に言ってしまいな、手前(てめえ)が鼻薬を貰って、一角に頼まれて旦那を引き出したといってしまえば、命ばかりは助けてやる・・・、何処までも隠せば、拠(よんどころ)なくお前(めえ)の脊骨をどやして飯を吐かしてもいわせにゃならん」

富五郎「これはどうも怪しからん、関取の力で打たれりゃア飯も吐きましょうが、ど、どういう訳で、怪しからん、なな、何を証拠に」

花車は惣次郎の脇差しを取り出した。抜けない脇差しをどうやって抜いたのか、鞘ごと切り合ったとしてもどうやって火花が出るのか。花車は富五郎の片手を取って押さえつけ、拳を振り上げる。

富五郎「アア痛うございます・・・、もうこうなれば包まず申します。申しますからお放し下さい」

花車「いってしまえばそれでよい・・・、さア残らずいってしまえ」

富五郎も観念をしていっそ白状しようかと思ったが、そこは悪才に長けた奴で、花車が手を放したスキに、側の火鉢にかかっていた大薬缶をひっくり返すと、ぱっと灰神楽が上がり真っ暗になった。富五郎も悪運の強い奴で、表へ逃げれば弟子たちに取り押さえられるところを裏口から逃げ出し、畑を踏んで逃げたの逃げないの、一生懸命になってドンドンドンドン逃げたが、羽生村へは行かれないため安田一角の処へ駆け込んだ。

富五郎「ハ、ハ、先生先生・・・水を一杯頂戴」

安田一角「なんだ、・・・どうした」

富五郎は一部始終を説明し、逃げるための路銀を2、30金拝借したいと言う。そして、一角もここを早く逃げた方がよいと促す。安田一角は落ち着いたもので、常陸の大方村に弟子があるからそこへ隠れておればよかろうと、手紙を一本書いて路銀とともに富五郎に渡した。富五郎はそれをもって常陸へ遁走。安田一角も後を追うように逃げ、2人は行方知れずとなった。

花車「残念なことをしました、これこれこれで押さえた奴を逃げられました」

お隅も母も残念がって嘆いたが致し方なし。翌月の10月になると、「何事があっても手紙さえ下されば直ぐに出てきて力になりますから」と言って花車は江戸へ戻っていった。跡方は10歳の惣吉とお隅に母、番頭の多助という顔ぶれで、何となく心細い。

11月3日のこと、空は雪催しで曇り。筑波下ろしの大風が吹き立てて身を裂かれるほどの寒さ。お隅が着物を着替え、乱れた髪を撫付けて小包を持ってきたので、

母「このまア寒いのに何処へか行くかイ」

お隅「はい、改めてお願いがござります。不思議なご縁で、水街道からこちらへ縁付いて参りましたところが、旦那様もああいう訳でおかくれになりました。・・・こうなって旦那のない後は余計者で、かえって厄介者になるばかりでございますし、江戸には・・・親類でもございますから、どうか江戸へ参りたいと思いまして、私もべんべんとこうやっていられません。今の内なら、どうか親類が里になって縁付く口も出来ましょうと思いまして、・・・どうか親子の縁を切って、・・・貴方の手で離縁になったという証拠を戴きませぬと、親類へも話ができませぬから、ご面倒でもちょっとお書きなすって、誠に永々お世話さまになりました」

母「それアは困りますな、・・・どうかまアそんなこといわずに、どうかお前がいてくれねば困りますから」

お隅「・・・今日直ぐと帰ります、水街道の麹屋に話をして帰りますから」

母「・・お前は今までまア外の女と違って信実な者で、おらア家へ縁付いても惣次郎を大切(でえじ)にして、姑へは孝養尽くし、小前の者にも思われるくれえで、さすがはお武家(さむれえ)さんの娘だけ違ったもんだ、婆様ア家(うち)は好い嫁え貰ったって村の者が誰も褒めねえ者はなえ、惣次郎が無え後も僅かハア夫婦になったばかりでも、亭主と思えば敵イ討たねえばなんなえて、さすが侍の娘は違った者だと村の者も魂消(たまげ)て、なんとまア感心な心がけだって涙アこぼして噂アするだ、今に富五郎や安田一角のゆくえは関取が探してどんな事をしても草ア分けても探し出して、敵イ討たせるってこれまで丹精したものを、お前がフッと行ってしめえば、あとは老人と子供で仕様がなえだ、ねえ困るからどうかいてくんなよ」

お隅「嫌ですねえ・・・はじまりは敵を討とうと思いましたけれども、・・・富五郎を押さえて白状さして、いよいよ一角が殺したと決まったら討とうというのだが、きっと富五郎、一角ということも分からず、それも関取が付いていればようございますが、関取もいず、してみれば敵が分かっても女の細腕では敵に返討になりますからねえ、・・・馬鹿馬鹿しゅうございますから、敵討はおやめにして江戸へ帰ります」

今までの貞操さは麹屋で客に対するのと同じで世辞であったのかと母は怒った。そこへ多助が、

多助「お隅さん待っておくんなさえ、お内儀さんあんた人が善いから直き腹ア立つがお隅さんはそんな人でなえ、・・・母様ア江戸を見たこともなし、大生(おおな)の八幡へ行ったことアなえという田舎気質の母様だから、一々気に障る事アあるだろうが、実はこういう事があって気色が悪いとか、ああいう事をいわれてはならぬという事があるなら、私(わし)がに話いしておくんなさえ、まア旦那があアなってからは力に思うのはお前様の外に誰もないのだ、惣吉様だってあの通り真実(ほんとう)の姉様か母様のように思ってすがっているし、・・・機嫌の悪い事が有るなら私にそういってどうか機嫌直してくださえ」

お隅「何をいうのだねえ、・・・私は仇討ちはできません、・・・それほどの深い夫婦でもありませぬからねえ」

多助「・・・義理も何も知んねえ狸阿魔め、・・・打(ぶ)つぞ、出るなら出ろ」

お隅「何だい狸阿魔とは、・・・手を振り上げてどうするつもりだい、怖い人だね、さ打つなら打って御覧、これほどの傷が出来ても水街道の麹屋が打捨っては置かないよ」

お隅はすでに麹屋の主人に掛け合い、向こう3年間は奉公をして、路銀を稼いでから江戸へ戻る算段なのだという。前金も借りてあり、すでに麹屋の奉公人なのだ。

母「もういいワイ、・・・離縁状書えたから持たしてやれ」

多助「さア持ってけ、この阿魔ア、これエ打てねえ奴だ」

お隅「有難い、アアこれでさっぱりした」

お隅が悪口をいいながら出て行こうとするところを惣吉が、

惣吉「姉様ア、お母様が悪ければ己(おれ)があやまるからいてくんなよ、多助があんなこといっても、あれは誰にもいう男だから、己があやまるから、姉さんいてくんなえ、困るからヨウ」

お隅「何だい、そっちへお出でよ、・・・お出でったらお出でよ。・・・今までお前を可愛いがったのもね、・・・お世辞に可愛いがったので、皆本当に可愛いがったのじゃアないよ」

お隅は惣吉を突き飛ばして出て行った。庭へ出て門の榎の下に立つと、ピューピューという筑波颪が身にしみる。

お隅「思い切ってあれまでにいってみたけれども、何も知らない惣吉が、・・困るといわれた時には、実はこれこれと打ち明けていおうかと思ったが、なまじいいえばお母っさんや惣吉のためにならんと思って思い切って、心にもない悪態をいって出てきたが、これまで真実に親子のように私に目を掛けておくんなすった姑に対して実に済まない、お母っさん、そのかわりきっと、旦那様の仇を今年の中に捜し出して、本望を遂げた上でお詫びいたします。ああ勿体ない、口が曲がります、御免なすってください」と手を合わせ、、耐(こら)え兼ねてわっと声の出るまに泣いていた・・・。

麹屋に戻ると、主人はお隅のために披露(ひろめ)の手拭いを染めて、残らず雲助や馬方に配った。「今までとは違って、お隅は拠ない訳があって客を取らなければならないので、皆と同じに、枕付で出るから方々へ触れてくれ」というと、この評判はぱっと広まった。今までは堅い奉公人で、殊に名主の女房にもなった者が枕付で出る、金さえ出せば自由になるというので大層客があり、近在の名主や大尽がせっせとお隅の処へ遊びに来た。しかし、お隅は貞心なので、能いように切り抜けては客と一つ寝をするようなことはしなかった。もとより器量は好し、様子は好し、その上世辞があるので、大層な客があった。このお隅の評判は常陸にいる富五郎のところにも届いた。

富五郎「しめた、金で自由になる枕付で出れば、望みは十分だ」

12月16日、ちらちら雪の降る日に山倉富五郎はやってきた。しかし、あまりに客が多いのでいくら待ってもなかなかお隅は来ない。代わりの女が時々来ては酌をしたり、女がいない時は手酌で飲んだりしているうちに、酒が相当廻ってきた。そこへようやくお隅が現れた。前とはすっぱり違った拵えで・・・。

お隅「富さん、・・・本当に能く来たね。・・・縁切状を取って出てきましたの、江戸へ行くにも小遣いがないもんだから、こんな真似をして身なりも拵えたり、・・・遂にこんな処へ落ちたから笑っておくんなさい」

お隅の境遇をすっかり信用した富五郎。以前、お隅を嫁に貰って江戸へ戻りたいと富五郎がいった話をお隅が持ち出し、あれが本当なら連れて行って欲しいといわれる。舞い上がって喜ぶ富五郎。路銀が必要だが、安田一角を騙せば百両くらい取れるだろうという。一角はどこにいるのかとお隅に聞かれた富五郎だが、それはなかなかいわない。

お隅「おかしいねえ、もう夫婦になってお前は亭主だよ・・・」

富五郎「こりゃア驚いた、・・・こりゃア有難い、それじゃアいおうねえ、実は私はお前にぞっこん惚れていたが、惣次郎があっては仕様がない、邪魔になるといっても富五郎の手に負えない、ところが幸い安田一角がお前に惚れているから、一角をおいやって弘行寺の裏林で殺させておいて、顔に傷を拵えて家へ駆け込んだが、あの通り花車が感づきやアがって、打つというからこっちは殺されては堪らぬから逃げてしまった。全く一角が殺したんだが、実は私がおいやってやらしたのだ」

お隅「・・・富さん、こうなるのは深い縁だねえ、・・・一角さんは何処にいるの」

富五郎「・・・笠阿弥陀堂の横手に交遊庵という庵室がありましょう、・・・」

お隅「本当に嬉しいねえ、真底お前の了見が知れたよ」

これから寝ようということになり、細廊下を通って離れに6畳ばかりの小間があり、そこに床がちゃんと敷いてあった。富五郎を仰向けに寝かせ、お隅は顔を見られるのは恥ずかしいからと掻巻を富五郎の目の上まで被せて、その上に馬乗りになった。

お隅「富さん、私はいうことがあるよ」

お隅は隠してあった匕首を抜いて、

お隅「本当に富さん不思議な縁だね、・・・惣次郎を殺したとは感づいていたけども、お前が手引きで・・・一角の隠れ家まで・・・こういう殊になるというのは神仏のお引き合わせだね、・・・こういうことがあろうと思って、私はこの上ないつらい思いをして、恩ある姑や義理ある弟に愛想づかしをいって出たのも全くお前を引き寄せるため、亭主の敵罰当たりの富五郎覚悟しろ、亭主の敵」

と富五郎の咽喉へ突っ込む。天命とはいいながら、富五郎はそのままうーんと息絶えた。お隅は「南無阿弥陀仏」と念仏を唱え、惣次郎の戒名を唱えて回向をする。そして落ち着いた様子で直ぐに硯箱を取り出し事細かに2通の書置を認めて、一通は花車へ、一通は羽生村の惣吉親子の者へ充てて、これまでの経緯を説明した。敵は一角と定まり、これから直ぐに隠れ家へ踏み込んで本望を遂げるつもりだが、もし返り討ちになることがあれば、惣吉が成人の上、関取に助太刀を頼んで旦那と自分の恨みを晴らして欲しいという内容だった。 

以下、その11へつづく・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その9) [落語]

9.麹屋のお隅

登場人物:

お隅(麹屋の女中、後に惣次郎の嫁)

惣次郎(惣右衛門の長男、今は羽生村の名主)

惣吉(惣右衛門の次男)

母(惣右衛門の妻、惣次郎の母)

多助(惣右衛門の家の奉公人)

花車重吉(元・惣右衛門の使用人で関取)

安田一角(横曾根村の剣術家)

仁村(安田一角の連れ)

連の男(同上)

麹屋の客

見物人

百姓衆

山倉富五郎(元・座光寺源三郎の用人)

男(羽生村の村人)

門弟(安田一角の剣術道場の門弟)

あらすじ:

惣右衛門亡き後、長男の惣次郎が羽生村の名主を継いだ。惣次郎は父親とは違い、大変な堅物で、母親にとっても自慢の息子だった。そんな堅物の惣次郎がどういうわけか麹屋の女中に惚れ込んでしまう。女中の名はお隅といい、今は女中をしているが、元々は武家の娘。父は元、谷出羽守様の御家来・神崎定右衛門といい、浪人中の父と一緒に水街道を通り、麹屋に宿泊中、父が倒れ、長患いの後に亡くなったという。後で薬代や葬式代に困っていたところを、宿の主が世話をしたところから恩報じかたがたこの家に奉公をするようになったもの。宿屋では働き女がお客に身を任せるといった「枕附き」という一種の売春がよく行われていたというが、このお隅はただ無事に勤めをいたし、人柄の良い立ち振る舞いから物の言いよう、裾捌きまで一点の申し分のない女だった。そういうまじめな働きぶりが惣次郎の気に入られ、惣次郎はたびたび麹屋へ通うようになり、深い仲になっていた。

翌寛政10年、近在の法恩寺に相撲場があり、そこで田舎相撲が行われることになった。そこに元は惣右衛門の奉公人だった花車重吉という関取が出るという。花車と惣次郎は幼なじみで、花車が相撲場にやってくる時は惣次郎はいつも贔屓にしていた。相撲見物にお隅を連れて行こうとした惣次郎だったが、大層なにぎわいで見物客も多く、何か間違いがあってもいけないということで、大生郷(おおなごう)村の宇治の里という料理屋へ上がり、そこに花車も呼んで酒を酌み交わそうということになった。

ところが、その店に居合わせたのが安田一角という横曾根村の剣術家で、腕前は鈍くも田舎者を嚇かしている、見たところは強そうな、散髪を撫で付けて、肩の幅が3尺もあり、腕などに毛が生えて筋骨逞しい男で、ちょっと見れば名人らしく見える先生。博打打ちのお手伝いでもしようという浪人者を2人連れて、下座敷で一口遣っていると、奥に惣次郎がお隅をつれて来ていることを聞くと、ぐっぐっと癪に障り、何かあったら関係を付けようと思っている。安田はお隅にぞっこんで、惚れて口説いて弾かれたという経緯があったのだ。お隅も安田が来ていることを認め、気味悪がっているため、早く出て、花車の宅へ向かおうと店を出ようとするが、どうしても安田の処を通らなければ出られない。安田はわざと3人の鐺(こじり)を廊下に出しておくと、長い刀の柄前にお隅がつまずいてしまった。

安田「コレコレ待て、コレ其処へ行く者待て。・・・人の前を通る時に挨拶して通れ・・・」

惣次郎「・・・飛んだ不調法を致しました」

安田「・・只勘弁だけでは済むまい、かりにも武士の魂ともいう大切の物、・・・人斬包丁などと悪口を言うのは手前のようなものだろう。・・戦場の折には敵を断切るから太刀ともいい、片手撲(なぐ)りにするから片刀(かたな)ともいい、また短いのを鎧通しともいう・・・。刀を浄めて返せ・・・」

お隅「先生誠に暫く」

安田「何んだ」

お隅「・・・お馴染み甲斐に不調法のところは重々お詫びを致しますからご勘弁を」

安田「黙れ、・・・手前にはいささか祝儀を遣わした事も有るが、どれほどの馴染みだ、また拙者は料理屋の働女に馴染みは持たん・・・」

惣次郎がほとほと困っていると、奥の離れ座敷の方に客人に連れられて花車が来ていて、客人は至急の用ができて帰ったあとだったため、花車はこの様子を聞いていて心配していた。

多助「もし旦那様旦那様。・・・関取がねえ奥に来ているだ、大きに心配しているだが、ちょっくら旦那にお目に掛かりてえというが」

惣次郎「なに花車が、それはよかった関取に詫びをしてもらおう」

思わぬところで花車の助太刀を得たものの、安田一角の態度は一向に変わらない。至って賢い花車は安田が筋の悪い奴であることを見抜いている。決闘で決着をつけることになってしまったが、安田と連れの計3人を近くの天神様の境内に導く。安田らは刀を構えているが、花車は相撲取りらしくただ裸になっているだけ。これではとても勝負にはならないはずだが、大勢の見物人は皆、花車に声援を送っている。花車はというと、「逃げも隠れもしねえから」と、煙草をパクリパクリと呑んでいたりと余裕の姿。安田たちは当然負けるとは思っていない。

花車「これまア私(わし)が抱えても一抱えある鳥居、この鳥居も今日が見納めじゃア」

と、鳥居を抱えると、金剛力出してこれを一振り。鳥居は笠木と一文字が諸にトンと落ち、安田たちが一刀を振り上げている頭の処へ真一文字に倒れ落ちたから、驚いたのなんの。どのくらいの力かと安田たちはとても敵わぬと抜刀をもったままばらばら逃げると、見物していた百姓たちが各々鍬鋤を持って、「撲殺(ぶっころ)してしまえ」とわいわい騒ぐから、3人の剣客者は雲霞と林を潜って逃げていった。

田舎相撲は5日間で首尾良く終わり、「鳥居の笠木を落としたから、旦那様鳥居を上げて下さらんでは困る」と言って、花車は江戸へ戻っていった。花車の鳥居は石でできたものが今も天神山にあるという。

花車が帰ってしまい、惣次郎は怖くて外出できない状態が続いた。衆人の前で恥をかかされた安田一角が惣次郎を恨んでいたからだ。母も心配して、惣次郎が惚れた女の身の上を尋ねると、元武士の娘で、親の石塔料のために奉公していることなどを知りいたく感心し、そういう者なれば、どうせ嫁を貰わんではならんからと、麹屋へ話してお隅を金で身受けすることに。家へ連れてきてまず様子をみるとしとやかで、器量といい、誠に母へもよく事(つか)える故、母も気に入ってしまった。さっそく、村方の者を呼んで取り決めをして、内祝言だけを済まして、お隅を惣次郎の内儀(おかみさん)に迎えた。

翌年、真桑瓜のなる時分に一人の浪人がやってきた。名を山倉富五郎といい、元は江戸で座光寺源三郎の用人をしていたが、放蕩無頼にして親には勘当され、座光寺家はお取り潰しとなり、常陸の国に知己(しるべ)があるから金の無心に言ったが当てが外れ、少しでも金があればもとより女郎でも買おうという質(たち)。一文無しで怪しい物を着て、ふらふらとやって来た」

富五郎「ああ、進退もここに谷(きわ)まったなア、どうも世の中の何が切ないといって腹の空(へ)るくらい切ない事はない・・・」

と、惣次郎の畑の真桑瓜を盗み喰い。最初は1つだけのつもりが、続けていくつもほおばり、道中で腹が減った時のためにと懐へも2つ3つ突っ込んでいるところを百姓に見つかり、お縄をかけられて惣次郎のところへ連行された。

惣次郎「真桑瓜を盗んだからといっても何も殺しはしない。・・・ここで許しても他(わき)へ行って腹がへると、また盗まなければならん。・・・私(わし)の家に恩報(おんがえ)しと思って半年ばかり書物の手伝いをしてもらいたいがどうだろうか」

富五郎「このご恩は死んでも忘却は致しません・・・」

優しい惣次郎は富五郎のお縄を解かせ、飯を食わせると、富五郎が食うこと・・・。書物をやらせてみると、帳面ぐらいはつけられるし、算盤もできる。惣次郎には「べんちゃら」を言うが、百姓には武家言葉で嚇すので、惣次郎の顔があるから、村人からは「富さん、富さん」と大事にされ、本人は次第に増長。もとより好きな酒を外で飲むようになり、ずぶろくに酔って帰ったある晩のこと。惣次郎は留守で、母は寺参りで、家にはお隅がひとり留守番で縫い物をしていた。

富五郎「貴方はお武家の嬢様だが、運悪く水街道へいらっしゃいまして、・・・この家はほんの腰掛で、詰まらんと言っては済みませんが、けれども貴方は生涯此処にいる思召はありますまい、手前それを心得ているが、拙者もやむを得ず此処にいる・・・。貴方も故郷懐しゅうございましょう。」

お隅「それはお前江戸で生まれた者は江戸の結構は知っているから、江戸は見たいし懐かしいわね」

富五郎「有難い、そのお言葉で私はすっかり安心してしまった・・・」

富五郎はお隅を女房として江戸へ連れて帰れば親類に見直され、御家人の株くらいは買ってもらえるはずだからと意味不明のことを言って、何を心得違いをしたかお隅を口説きはじめる。無闇にお隅の手を取って髭だらけの顔へ押しつけるところへ母が帰ってきて、この体(てい)に驚き、そばにあった粗朶木を取って突然(いきなり)ポンと撲った。

富五郎「これは痛い」

母「呆れかえった奴だ」

富五郎は、お隅に不実意な浮気心があっては惣次郎様のためにならないので、本心を確かめようと気をひく真似をしたのだと言い訳をする。あまりに見え透いた嘘に、母は益々怒ったが、お隅は母をなだめ、富五郎には「お前は酒が悪いよ」と今後は酒を慎むようたしなめてその場は収まったかに見えた。

しかし、富五郎は「隅はまんざらでもねえ了見であるのに、ああ太え婆アだ」と、どうにかしてお隅を手に入れようと画策。胸に浮かんだのが安田一角と花車の喧嘩の起因(もと)がお隅であったことで、横曾根村にある安田一角の道場へ向かう。

富五郎の筋立ては次のようなもの。お隅とは江戸っ子どうしで打ち解けて話を聞いたところ、お隅は江戸へ帰りたがっている。安田一角のことを好いているが、麹屋に借金があることや、惣次郎に身請けされた恩もあり、嫌々ではあるが家を出られないでいること。富五郎は安田先生に剣術の指導をしてもらえればこれを土産に自分も江戸に帰ることができるので、お隅を安田先生のもとへ連れてくる手伝いをすること。安田先生ほどの剣の腕があれば江戸の旗本が放っておくはずはないから一緒に江戸へ参ろうとのこと・・・。

具体的には、ある場所に惣次郎を連れ出すので、提灯の灯を消すのを合図に惣次郎を斬っておしまいなさいという計画を説明。最初は訝る安田一角であったが、遺恨のある惣次郎が相手であり、また、お隅にぞっこん惚れていたため、この話に乗ってきた。時は明晩の酉刻(むつ)ということで話がまとまった。

富五郎の本当の狙いは、安田一角に惣次郎を殺させて、お隅を自分の手に入れるというものだった。惣次郎は剣術の免許を持っており、一方の富五郎はというと武士とは名ばかりで少しも剣術を知らない。そこで下手でも剣術の先生で弟子もいる安田一角の力を利用しようとしている訳だが、万が一、安田一角が惣次郎より腕が鈍くて、惣次郎に斬られるようなことがあるとまずいため、惣次郎が常に帯(さ)して出る脇差を払ってその中へ松ヤニを詰めておくという細工を施しておくという実に悪い奴。

翌日、惣次郎のお供で外出した富五郎は、約束の刻限に安田一角と示し合わせた場所へ惣次郎を誘導。小便をしてくるといって惣次郎のところを離れた富五郎はフッと提灯の灯を消した。

惣次郎「提灯が消えては真暗でいかぬのう・・・。富や、おい富おい富、何だかこそこそして後ろにいるのは、富や富や」

その声の方角に向かって近づくものあり。それは花車であった。

しかし一足先に惣次郎の前に現れたのは安田一角で、ズブリと一刀を浴びせかけてきた。惣次郎はヒラリと身を転じて、脇差の柄に手を掛けこれを抜こうとするが抜けない。そこを安田一角に一刀バッサリと切り込まれた。惣次郎が最後の力で鞘ごと投げつけた脇差は、一角の肩の処をすれて、薄(すすき)の根方へずぽんと突っ立った。惣次郎の懐の30両を奪い、一角が立ち去ろうとするところに花車の影。暗闇の中、安田一角は息を殺して隠れ、その場をうまく逃れていった。

一方の富五郎はバッサリ斬った音を聞いて、直ぐに家へ駈けていく。途中、茨か何かでわざと蚯蚓(みみず)腫れの傷をこしらえて、せっせと息を切って「只今帰りました。・・・・弘行寺の裏林で悪漢が14、5人出でまして・・・、旦那と2人でちょんちょん切り合っておりましたが、何分多勢に無勢で、旦那に怪我があってはならぬと思って、やっと一方を切り抜けて参りました・・・」。お隅は驚いて村の百姓を頼んで手分けをしてどろどろ押して参ったが、惣次郎は血に染まって死んでいた。

惣次郎の野辺送りから37日たった9月8日。花車が細長い風呂敷の包みを提げて惣次郎宅へ現れた。

以下、その10へ続く・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その8) [落語]

8.聖天山

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お賤(惣右衛門の妾)

惣右衛門(羽生村の名主)

その内儀

惣次郎(惣右衛門の長男)

惣吉(惣右衛門の次男)

土手下の甚蔵(羽生村のバクチ打ち)

あらすじ:

お累の死後、新吉はすっかり憎まれ者となり村八分状態に。行く当てはお賤のところしかなかった。お賤のところでは体調がすぐれない惣右衛門が眠っていた。もう2~3日もこの状態でお賤が看病をしているのだという。そして、惣右衛門が亡くなった時の遺言状まで書かせてあるのだという。内容はというと、「・・・お賤は無理無体に身請けをして連れてきた者であるから、私が死ねば皆に憎まれてこの土地にいられまいから、元々の通り江戸へ帰してやってくれ、帰る時は必ず金を50両付けて帰してくれ、形見分はお賤にこれこれ、新吉は折々見舞いに来る親切な男なれども、お賤と仲がよいから、村方の者は密通でもしているように思うが、あれは江戸からの親(ちか)しい男で、さような訳はない、親切者で有ることは見抜いているから、・・・湯灌は新吉一人に申し付ける、外の者は親類でも手を付けることは相成らぬ」という妙なもの。そしてお賤の口からは恐ろしい言葉が・・・。

お賤「うちの旦那を殺しておくれな」

しかし、惣右衛門には可愛がってもらった恩のある新吉は「出来ない」と断る。押し問答の末、こうなるとご婦人の方が度胸が据わっているのか、お賤は新吉の手を引いて惣右衛門の病間へ。「旦那、旦那」とお賤が呼んでも惣右衛門は病気疲れで深い眠りについているようだった。お賤はそっと、襟の間に細引を挟み絞殺の準備。一方を新吉に渡し、お賤の目配せで新吉は力に任せてこれを引っ張った。惣右衛門は仰向けに寝たなり虚空を掴んで「ウーン」とうなった。お賤は有り合わせた小杉紙を台所で濡らしてきて、これをピッタリと惣右衛門の顔へあてがった。ブルブル震えている新吉。お賤が濡紙を取ると、完全に息が絶えた様子。咽喉のところに細引の跡が2本ついていたのを、お賤は掌に水をつけてもみ消した。これで大丈夫。新吉にはいったん家へ帰らせ、お賤は本家へ駆け込むことに。

お賤「旦那様がむずかしくなりましたからお出でなすって、まだ息はありますがご様子が変わったから」

驚いた本家からは長男の惣次郎、次男の惣吉、惣右衛門のお内儀、それに村の年寄りたちが駆けつけたが間に合わない(間に合わない訳で、殺した奴が知らしたのだから・・・)。遺言の通り内葬がとりおこなわれ、湯灌は新吉が行うことになった。ところが慣れていないと湯灌というものは一人では大変なもので、新吉は自分が殺したと思うとおどおどして手がつけられない。そこへ現れたのが土手下の甚蔵。

甚蔵「・・・誠にお愁傷でのう、惜しい旦那を殺した、ええこの位物の解ったあんな名主は近村にねえ善い人だが、新吉手前(てめえ)仕合せだなあ、一人で湯灌を言い付けられて、形見分もたんまりと・・・」

新吉「かえって有り難迷惑で一人で困ってるのだ」

ここは兄弟分のよしみ。内緒で甚蔵が手伝うことに。甚蔵は随分と手慣れており、手際よく湯灌をこなしていく。ところが、仏様の鼻からタラタラと鼻血が流れ出た。身寄りか親類が来ると血が出るというが、自分は違うのにおかしい。そう思った甚蔵が仏様の首筋をみると、判然と黒ずんだ紫色に細引の痕を2本見つけた。

甚蔵「やい、こりゃア旦那は病気で死んだのじゃアねえ変死だ、咽喉頸に筋があり、鼻血が出れば何奴(どいつ)か縊(くび)り殺した奴があるに違えねえ」

敵(かたき)を捜して旦那の恩返しをしよう、ちょうど本堂には若旦那の惣次郎がいるから呼んでこようという。あわてふためく新吉に、

甚蔵「それとも新吉、実は兄い私(わっち)が殺したんだと一言いやア黙って埋めてやろう」

新吉「何を詰まらねえことを・・・」

甚蔵「手前が殺したんでなけりゃア外に敵が有るのだから敵討ちをしようじゃアねえか、手前お賤ととうから深え仲で逢引するなア種が上がっているが、手前は度胸がなくってもあの女(あま)ア度胸がいいから殺してくれエといい兼ねねえ・・・」

追いつめられた新吉は全てを白状。惣右衛門はそのまま埋葬された。

七日が過ぎると甚蔵がお賤のところにやってきた。博打に負けたとみえて素裸で、寒いのでふんどしの上に馬の腹掛けを引っ掛けてという姿だった。

甚蔵「ヘエ、御免なせえ、へエ今日は」

お賤「おや、新吉さん土手の甚蔵さんが来たよ」

新吉は慄(ぞ)っとして、眼をパチクリさせて火鉢の側で小さくなっていると、甚蔵はお賤に金の無心に来たらしい。惣右衛門の旦那が亡くなり、ほとほと困っており、堅気になりたいのだという。お賤が少しばかりと渡した金子は二朱金が2つ。ところが30両ないと足りないと甚蔵が言う。お賤は怒って、

お賤「女と思って馬鹿にしておくれでないよ。・・・碌にお目にかかったこともありません・・・30両お金を貸す縁がないでは有りませんか。・・・お前さんに弱い尻尾を見られていれば仕方ないが、私の家で情交(いろ)の仲宿をしたとか博打の堂敷でもしたなら、怖いから貸すことも有るが、・・・帰っておくれ・・・」

甚蔵「新吉黙って引っ込んでいるなえ此処へ出ろ、借りてくれ、ヤイ」

新吉「今に持って行くから、ギャアギャア騒がねえで、実は、己がまだお賤に喋らねえからだよ、当人が知らねえのだからよ」

甚蔵が凄みを利かせて怒り出したので、新吉は金はあとで持っていくからということでとりあえず甚蔵を家に帰し、事情をお賤に説明した。今回の計画殺人は随分前から段取りを進めてきたのに、台無しになってしまったと残念がるお賤。しかし、今、30両を渡したところでこれからもずっと甚蔵には強請られ続けるだろう。

お賤「どの道新吉さん仕方がない、土手の甚蔵をどうかして殺しておしまいよう」

お賤の算段で、惣右衛門の形見分けの金は聖天山(しょうでんやま)の左の手水鉢の側に200両が埋めてあることにし、そこへ甚蔵を誘い出し、始末することに。

新吉「此処だ此処だ」

甚蔵「よしよし」

といいながら新吉と甚蔵がポカポカ掘るが金は出てこない。もとより無い金、びっしょり汗をかいて、

甚蔵「こん畜生咽喉が渇いて仕様がねえ」

新吉「手水鉢は空で柄杓はからからで、誰もお参りに来ないと見えるな、うんそうそう、こっちへ来な、聖天山の裏手で崖の中段にちょろちょろ煙管の羅宇から出るような清水が貯まって、月が映っている、兄いあすこの水は旨えな」

甚蔵「旨えが怖くって下りられねえ」

そこには藤蔓に蔦や何かがからまって縄のようになっており、それにぶらさがって行けば下りられると新吉が言うと、

甚蔵「こいつア旨え事を考えやがった、新吉の知慧じゃアねえようだ」と柄杓を口にくわえて甚蔵は崖を下りていった。「アア旨え旨え甘露だ、いい水だ」

新吉「俺にも一杯持ってきて来んねえ」

甚蔵「忌々しい奴だな、待ちヤア」

蔦にすがり、ゆっくり戻って登ってくるところを、足掛かりのないところをねらい澄まして新吉は腰に帯したる小刀を引き抜き、力一杯にプツリと蔦を切ると、甚蔵は真っ逆さまに落ちていった。とても助かりようはないが、お賤に言われたとおり、新吉は側にある石をごろごろ谷間へ転がし落としてとどめを刺した。新吉は急いでお賤のもとへ戻り、万事筋書き通りにうまくいったことを伝えた。

新吉「手前の知慧じゃないようだと言われた時、胸がどきりとしたが、・・・頭を打破ったに違えねえが、彼奴は悪党の罰だ」

己が悪党の癖に。これから二人で仲良く酒盛りをしているうちに空は段々雲が出てきて薄暗くなり、もう寝ようということになり、戸締まりにかかろうとしたところ、外の生垣のあたりからバリバリバリという音。何だろうと怖々と庭を見ると、頭髪は乱れて肩に掛り、頭蓋は打裂けて面部(これ)から肩(これ)へ血だらけになり、素肌に馬の腹掛けを巻き付けた形で、何処をどう助かったか土手の甚蔵が庭に出てきた時には驚いたのなんの。

甚蔵「己(うぬ)、いけッ太え奴、能くもあの谷へ突き落としやアがったな、お賤も助けちゃおかねえ、能くも己を騙しやアがったな」

新吉「後生だから助けて、兄い苦しい・・・」

甚蔵「なに痛えと、ふざけやアがるな」

甚蔵は腰から出刃包丁を取り出し、新吉の胸元めがけて突こうとしたところ、どこから飛んできたかズドンと一発鉄砲の流れ弾が甚蔵の胸元へ命中した。甚蔵は口から血反吐を吐きながらドンと前へ倒れた。

お賤「新吉さんお前に怪我はなかったかえ」

鉄砲を抱えたお賤の姿が・・・。偶然にも惣右衛門に鉄砲の手ほどきを受け、引き金に指を当てることだけは教わっていたのだという。

お賤「形見分けのお金もあるのだけれど四十九日まで待ってはいられないから、少しは私の貯えもあるから、それを持ってすぐに逃げようじゃないか」

新吉とお賤は逐電。甚蔵の死骸は絹川べりにあったが、普段から嫌われ者のため、「アアこれからは安心だ」ということで、誰一人、犯人を詮索する者はいなかった。姿を消した新吉とお賤についても、どうせ駆け落ちをしたのだろうということで何事もなかったことのように・・・。

以下、その9へつづく・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その7) [落語]

7.お累の死

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お累(新吉の妻)

与之助(新吉とお累の子)

三蔵(お累の兄で羽生村の質屋の主)

和尚(法蔵寺の住職)

惣右衛門(羽生村の名主)

お賤(惣右衛門の妾)

作蔵(馬方)

与助(羽生屋の奉公人)

男(村人)

あらすじ:

新吉が戻るとお累は産気づく。産まれたのは玉のような男の児・・・、ではなく、小児の癖に鼻がいやにツンと高く、目は細いくせにいやにこう大きな目で、頬肉が落ちて痩せ衰えた骨と皮ばかりの男の児。帰りの道中で夢に見た兄新五郎の顔に生き写しで、新吉はぞっと身の毛立った。新吉は気が滅入り、食も進まない。

心配した三蔵は、姑と一緒にいるのは気詰まりだろうからと、羽生村の北坂という処に一軒家を建て、新吉一家をそこに住まわせてくれた。生活費は三蔵方で過不足なく仕送ってくれるので、稼ぎのない新吉はぶらぶらしている。

翌年、寛政8年の2月3日、新吉が法蔵寺へ参詣に行くと、和尚がつくづく新吉の顔をみて、「お前は死霊の祟りのある人で、病気は癒らぬ。・・・無縁の墓の掃除をして水を上げ、香花を手向けるのは大変な功徳になる」というので、新吉は法蔵寺に通ってこれを続けることに。3月27日、新吉が例の通り墓参りに出掛けると、御年21、2という婦人が馬方の作蔵と一緒に這ってきた。婦人の名はお賤と言い、羽生村の名主・惣右衛門の妾だった。累(かさね)の墓に願掛けに参っていたところ、新吉と出会う。お賤は江戸の出身で、貸本屋時代の新吉に見覚えがあるという。新吉もお賤のことを覚えていて、久しぶりの再会に、以来、お賤のところへ出入りするようになった。お賤の家で名主・惣右衛門とも懇意になり、小遣いやら、帯やらをもらうなどの世話になった。

お賤は調子がよし、酒が出ると一中節(いっちゅうぶし)でもやるから、新吉はなお近しく通う。この様子に村の者も次第に勘づくように・・・。これに心配した三蔵だったが、名主様が関わっており、知れてはならないということで、お累に意見を言わせることに。しかし、新吉は腹を立て、お累を打ち打擲するように。人の善いお累は段々と病気になり、癪ということを覚えて、只おろおろ泣いてばかりに。

稼ぎのない新吉は家のものを洗いざらい持ち出しては質に置き、お累の体調が悪くても、赤ん坊の虫が発(おこ)っても薬一服飲ませる料簡もない不人情ぶりに、三蔵は「金を遣るから手を切ってしまえ」と提案。しかし、お累は「たとえ親や兄弟に見捨てられても夫に附くのが女の道・・・」と言い切るので、「そうなれば兄妹の縁を切る」と30両の金をお累に渡す。

一方の新吉は、その金をもって遊び三昧。只、不憫なのはお累。赤ん坊にはピイピイ泣き立てられ、糸のように痩せても、薬一服飲ませてもらえない。三蔵の縁が切れているので、村の者も見舞いに来なかった。

ある日、三蔵は奉公人の与助を連れて、新吉の留守を狙ってお累の様子をうかがいに来たところ、日暮れ方の薄暗い部屋の中に、煎餅のような薄い布団を一枚敷いて、その上へ赤ん坊を抱いてお累が寝ていた。蚊が多いにもかかわらず、蚊帳はなし、蚊燻しもなし。蚊帳を釣ってやるからどこにあるかと三蔵がたずねると、蚊帳はおろか、あらゆる物は新吉が持ち出して質に入れてしまったという。三蔵は急いで与助に蚊帳を取りに帰らせ、ぼろぼろの行燈を探し出し、灯りをつけたが、今にも死のうかというほど痩せ衰えたお累の姿をみて愕然とする。お累は利かない体を起こし、兄に逆らった不孝を詫びた。ただ、今、新吉と別れると、男の子は男に付くものだから、与之助は置いて行けと新吉が言うのだという。赤ん坊を見殺しにはできないので、せめて、この子が4、5歳になるまではこのままにして欲しいという。「それではお累の体が持つまいに」と三蔵は新吉を憎んだ。与助が持ってきた蚊帳を釣って、持ち合わせの3両を小遣いに置いて、三蔵と与助は帰っていった。

入れ違いに新吉が作蔵を連れて帰ってきた。一文無しで、遊ぶ金がないため、仕方なく戻ってきたのだ。すると、家の中に立派な蚊帳が釣ってある。これを質に持って行けば2~3両にはなるだろうと、取り外しにかかる新吉。目が覚めたお累が、赤ん坊のためにこの蚊帳だけは持って行かないようにと懇願するが、新吉は聞く耳を持たない。三蔵が置いていった3両があるので、これをお持ちくださいと言うと、新吉は3両を手にした上に、それだけでは足りないと、蚊帳も持って行こうとする。お累が蚊帳にすがりつくのを力づくで引っ張ったので、お累の生爪がはがれて蚊帳に突き刺さっていた。蚊帳を肩に掛けて出て行く新吉を追って、お累が出口へ這い出して「新吉さん」というと、

新吉「何をいやァがる」

とツカツカと立ち戻ってきて、脇に掛かってあった薬缶の煮え湯をかけたものだから、与之助の顔へかかり、赤ん坊は絶命。持っていた薬缶を投げつけると、お累は頭から沸湯を浴びせられてしまった。

蚊帳を金にした新吉は作蔵と二人でお賤の宅へしけ込み、こっそり酒盛りをしていた。生爪の一件やら、赤ん坊のことで、当然とはいえ盛り上がらない。作蔵は寝てしまい、続いてお賤も眠りについた。外では雨がどうどうと車軸を流すように降ってきた。かれこれ八ツ時という時刻に、表の戸をトントンたたく音。お賤を起こし、戸を開けると、そこにはびしょ濡れのお累が立っており、手には赤ん坊を抱いていた。

お累「この坊やアだけは今晩夜が明けないうち法蔵寺へでも願って埋葬(ともらい)を致したいと存じます。・・・お賤さん、私が申しますと宅(やど)が立腹致しますから、どうかあなたから、今夜だけ帰って子供の始末を付けてやれと仰って」

お賤が新吉に帰るように促すと、新吉は怒り出し、利かない体のお累お胸ぐらを突き飛ばした。泥だらけになり這い上がるところをまた突き飛ばし、ピタリと戸を閉めてしまったから、表ではお累がワッと泣き倒れた。

その晩、新吉は寝付かれないでいたところ、突然、作蔵がうなされ出した。夢でもみているのかと、

新吉「胆を潰さァ、冗談じゃァねえ寝惚けるな・・」

作蔵「寝惚けたのじゃァねえよ。・・・あそこに寝ているとお前、裏の方の竹をぶっつけた窓がある。あすこのお前雨戸を明けて、どうして這入ったかと見ると、お累さんが赤ん坊を抱いて、ずぶ濡れで、痩せた手を己の胸の上へ載せて、よう新吉さんを帰しておくんなさいよといって、己が胸を押圧(おっぺしょ)れる時の、怖えの怖くねえの・・」

新吉「夢をみたのだ」

作蔵「夢でねえよ、あすこのところに・・・」

と指さした場所から男の声。

男「新吉さんはこちらにお出でなさいますか。お累さんが飛んだことになりましたから、方々探していたんだ、直に帰って下せえ」

致し方なく夜明け方に帰ってみると、お累は草刈鎌で喉笛を掻切って、片手に子供を抱いたなり死んでいた。

以下、その8へ続く・・・


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その6) [落語]

6.勘蔵の死~迷いの駕籠

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お累(新吉の妻)

三蔵(お累の兄で羽生村の質屋の主)

勘蔵(深見家の元・門番、新吉の伯父)

男(勘蔵が住む長屋の住人)

おかね(上記男の妻)

婆(勘蔵が住む長屋の住人)

駕籠屋

深見新五郎(新左衛門の長男、新吉の兄)

あらすじ:改心した新吉はお累に尽くし、その夫婦仲の良さに三蔵も感心していた。ある日、江戸から早飛脚があり、伯父の勘蔵が危篤状態とのこと。新吉以外に身寄りはなく、新吉にとってもたった一人の伯父。66歳と年も年だから、死に水を取るがよいと、三蔵は多分の手当を新吉に与えてくれた。

江戸下谷大門町にある勘蔵の長屋では、住人たちが勘蔵の世話をしてくれていた。勘蔵は新吉のことばかり噂をしていて、とても逢いたがっているという。

住人「勘蔵さん、新吉さんが来たよ」

勘蔵「有難え有難え、ああ待っていた、能く来た」

新吉「伯父さんもう大丈夫だよ・・・」

勘蔵は長屋の住人たちを帰し、新吉と2人になると改まった態度になり、形見を渡しておきたいという。汚れた風呂敷包の中から取り出されたものは1枚の迷子札だった。そこには深彫で「小日向服部坂深見新左衛門二男新吉」とあった。驚く新吉に、勘蔵は自分が深見家の門番であったこと、新吉は深見家の二男であること、兄の新五郎が行方不明であること、深見家はお取りつぶしになってしまったこと等々、これまでの経緯を説明する。真実を隠していたのは新吉がまっすぐに育って欲しいと思ってのこと。主従の関係にありながら、これまで厳しくしてきたことなどをどうかゆるして欲しいという。

新吉「そうかい、私は初めて聞いたがねえ、だがねえ、私が旗本の二男でも、家が潰れて三歳の時から育ててくれれば、親よりは大事な伯父さんだがら、・・・その恩は忘れませんよ・・・」

勘蔵は安心したように眠るように臨終した。小石川の菩提所に野辺送りし、供養した後、羽生村への帰路、駕籠屋の様子がおかしい。新吉は「亀有まで遣って、亀有の渡を越して新宿(にいじゅく)泊まりとしますから、四ツ木通りへ出る方が近いから、吾妻橋を渡って小梅へ遣ってくんねえ」と頼んだが、雨の降る暗闇の中、どういうわけか駕籠は同じ道をぐるぐる回るばかりで目的地へ到着しない。駕籠をあきらめ、小塚ッ原から一人で歩きはじめた新吉に一人の男が声をかけてきた。

男「おい若えの、其処へ行く若えの」

新吉は怖々と透かしてみると、年の頃38、9の色の白い鼻筋の通って眉毛の濃い、月代(さかやき)がこう森のように生えて、牢内から出たばかりという姿で、びっこを引きながらヒョコヒョコ近づいてくるので驚いたのなんの。

男「これは貴公が駕籠から出るときに落としたのだ、これは貴公様のか」

それは新吉の迷子札だった。

男「深見新左衛門の二男新吉はお前だの」

新吉「へエ私で」

男は新吉の兄の新五郎だった。お園を殺して、逃亡したが、お縄にかかり、長い間牢獄に入っていたという。牢を破って隠れ遂せて2年になるのだという。

新吉も近況を説明すると、新五郎が怒りだした。新吉が縁付いた三蔵は、新五郎がいた下総屋の元番頭で、お園殺しを訴人した憎き男なので、そんなところには帰るなという。

新五郎「永え浮き世に短けえ命、己と一緒に賊を働き、栄耀栄華の仕放題を致すがよい、心を広く持って盗賊になれ」

新吉「これは驚きました。兄上考えてご覧なさい。世が世なれば旗本の家督相続もする貴方が、盗賊をしろなぞと弟に勧めるということがありましょうか・・・。三蔵はそんな者ではございませぬ」

新五郎「手前女房の縁に引かされて三蔵の贔屓をするが、その家を相続して己を仇と思うか、サアそうなればゆるさぬぞ」

逃げようとする新吉だったが、道がぬかるんでいて転んでしまう。新五郎は上から押さえて、短刀(どす)で新吉の喉笛をズブリ・・・。

新吉「情けない兄さん・・・」

駕籠屋「モシモシ旦那・・・、大層うなされていなさるが・・・」

今のは夢であったかと新吉。今、どの辺かと尋ねると、ちょうど小塚ッ原のあたりだという。雨も上がったので、小用を足そうと降りると、そこはお仕置き場で、二ッ足の捨て札に獄門の次第が書いてある。始めに「当時無宿新五郎」と書いてあるので驚く新吉。怖々と細かに読み下すと、今夢に見た通りの罪状で、兄新五郎は処刑されたとあった。

以下、その7へ続く・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その5) [落語]

5.土手下の甚蔵~お累の婚礼

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

土手下の甚蔵(羽生村のバクチ打ち)

清(せい)(甚蔵の知人の男)

農夫(羽生村の農民)

太左右衛門(羽生村の農民)

三蔵(三右衛門の息子で羽生村の質屋の主)

お累(三蔵の妹でお久の伯母)

母(三蔵とお累の母)

せな(三蔵の家の下女)

石田作右衛門(羽生村の顔役)

あらすじ:

新吉が訪ねた一軒家からは清(せい)という男が出てきて、そこは自分の家ではないという。家主は甚蔵という博打打ちで、何日も帰って来ないこともザラとのこと。自分は雨宿りでここにいるのだという。江戸者が近傍で宿を取るにしても水街道までいかなければ無いので、ここへ泊まっていけばよいという。

そこへびしょ濡れの甚蔵が帰ってきた。新吉に気がつくと、何もない家だが泊まっていけという。そして土手のところで人殺しがあったことを語り始めた。

清が帰ったあとで、甚蔵は、自分もかつては江戸にいたのだといい、田舎の人間とは話が合わないのだという。また、若い新吉が江戸からこの地に来たのには訳があるのだろうと、この家の留守番をしていてくれれば助かるといった話をする。そして、自分には身寄りがないので、兄弟分になろうという。酒はないので、番茶で兄弟分の杯を交わしたところで・・・

甚蔵「兄弟分になったからには兄に物を隠しちゃいけねえぜ」

新吉「ヘエヘエ」

甚蔵「今夜土手で女を殺したのはお前だのう」・・・

新吉「 ヘエ、どうも、ち・・・ちっとばかり、こ・・・殺しました」

甚蔵「ちっとばかり殺したってことがあるか」

それでいくら金を取ったのかと甚蔵が聞いてくるので、殺した女は自分の女房であること、自分は豊志賀に祟られていることなど、これまでの経緯を新吉は説明した。

甚蔵「薄気味悪いことばかり言いやがる。・・・それじゃあ一文無しか」

新吉「ヘエ~」

その翌日、甚蔵の家で休憩中の農夫たちの会話を新吉は耳にする。この日は三蔵どんのところで法事があり、殺されたお久の初七日で、法蔵寺に葬られたという。無尽のまじないにそういう仏様に線香をあげるとよく当たるのでと農夫たちに場所をたずねると、法蔵寺は「累伝説」の累(かさね)の墓がある寺ときけば分かるからとの説明を受ける。

法蔵寺でお久の墓を探していると、そこに下女を連れた美しい娘がいた。娘は死んだお久に似ていると思ったら身内の者だという。下女に自分は江戸から出てきたことを話すと、娘もかつて江戸で奉公をしていて、田舎に帰ってきたものの、話し相手がいないのだという。質屋の三蔵のところにいるのでぜひ遊びに来いとのこと。娘も、色白の新吉に一目惚れ。そこへ一匹のヘビが足下に現れ、驚いた娘は新吉の手にすがりつく。そして見つめ合う2人。

三蔵の家へ甚蔵が訪ねてきた。質に取ってもらいたい品物があるという。巻いてあった手ぬぐいを取ると錆び付いた鎌であった。これで20両を用立ててもらいたいという。三蔵は「冗談じゃない」と一蹴するが、甚蔵は引かない。その鎌はお久殺しに使われたもので、柄には丸に「三」の字の焼き印がしてあり、三蔵のところの鎌なのだ。この鎌が他へ知れたらまずいだろうというのだ。仕方なく三蔵は甚蔵に20両を渡した。

その晩のこと、三蔵の妹のお累(るい)が寝ている座敷にヘビが現れた。驚いたお累が駆け出したとたん、母親がそれを止めようとしたはずみで、囲炉裏に掛かっていた薬缶の熱湯をかぶり、お累は顔に大火傷を負ってしまう。

以来、お累は食事ものどに通らない落ち込み様に。火傷だけが原因ではないと感じた三蔵は下女のおせなから法蔵寺での一件を聞き出す。お累は新吉に惚れてしまっているという。村の口利きである石田作右衛門に頼み、甚蔵の処へ掛け合いにやることに。

作右衛門「年齢22、3の若え、色の白え江戸者のことで参った」

甚蔵「旦那、堪忍しておくんなせえ、田舎珍しいから、柿なんぞをピョコピョコ取って喰いかねねえ奴で」

作右衛門「誰が柿ィ取ったって」

三蔵の妹・お累が新吉に惚れてしまい、内儀(かみさん)になりたいと言っていることを伝えると、そいつは有難いと甚蔵。ただし、新吉には大きな借金があるので、それをきれいに片づけてもらえたらという。額を聞くと30両ばかりというが、もちろんこれは甚蔵の出任せ。作右衛門は三蔵にそのことを伝えると、

三蔵「相手が甚蔵だからそのくらいの事はいうに違いない。よろしい、その代わり、土手の甚蔵が親類のような気になって出這りされては困るから」ということで、30両を手切れ金代わりに渡すことで話が決着。作右衛門の媒酌で、11月3日に婚礼が行われた。ところが、いつまでたってもお累が出てこないので新吉が心配していると、屏風の外の行燈のところに鬱いで向こうを向いているお累がいた。訳を聞くと、

お累「こんな処へ来て下すって、誠に私はお気の毒様で、先刻から色々考えておりました。・・・私のような者だから、もう三日もいらっしゃると、愛想が尽きて直きお見捨てなさろうと思って、そればっかり私は心に掛って、悲しくて先刻から泣いてばかりおりました。」

新吉「そんな詰まらんことを言って、・・・お前の方で可愛がってくれれば何処へも行きません、見捨てるなどと此方(こっち)が言う事で」

お累「だって私はね、貴方、こんな顔になりましたもの」

その顔は法蔵寺で見たのとは大違い、半面火傷の傷、額から頬へ片鬢抜け上がり、あまりに人相が変わっていたので、新吉は身の毛が立った。しかし、つくづく考えてみれば、これも豊志賀の祟りなのかと新吉。

屋根裏で物音がするのでヒョイとみると、縁側の茅葺き屋根の浦の弁慶というものに草刈鎌が掛けてあり、そこに屋根裏を伝ってきたヘビが纏い付いたかと思うと、ヘビはポツリと二つに切れて縁側へ落ちた。驚いたお累は新吉にすがりつく。その手をとって新枕。悪縁とはいいながら、たった一晩でお累は身重となった。

以下、その6へつづく・・・


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その4) [落語]

4.お久殺し

登場人物:

深見新吉(深見新左衛門の次男)

お久(小間物屋・羽生屋三五郎の娘)

土手下の甚蔵(羽生村のバクチ打ち)

あらすじ:

豊志賀の書置は、慄える手で書かれ、「心得違いにも、弟か息子のような年下の男と深い仲になり、これまで親切を尽くしたが、その男に実意が有ればの事、私が大病で看病人も無いものを振り捨てて出るようなる不実意な新吉と知らずに、これまで亭主と思い真実を尽くしたのは、実に口惜しいから、たとえこのまま死ねばとて、この怨は新吉の身体に纏って、この後女房を持てば七人まではきっと取り殺すからそう思え」とあった。新吉はこれをみてゾッとするほど驚いたが、他人に見せることもできず、懐へしまっておくのも気味が悪いので、湯灌の時にこっそりと棺桶の中に隠して小石川戸崎町の清松院という寺へ葬った。

伯父の勘蔵から墓参りを欠かさぬよう強く言われるものの、墓所へ行くのは怖いので、新吉は夜は避けて明るい昼間ばかりを選んで墓参りに往っている。ある日のこと、豊志賀の墓に誰かが先に来ているのでみると、羽生屋の娘のお久であった。 お久は7日のたびに師匠である豊志賀の墓参りを続けていたのだという。

久「新吉さんいい処でお目に掛かりました」

お久の母は継母で、豊志賀があんなに悋気らしい事を言って死んでいったのは、新吉とお久の間に何か関係があるに違いないと言っては責折檻をされているという。あまりに辛いので、下総の伯父のところに一緒に逃げて欲しいとの事。新吉は怖いのも忘れてその気になり、墓場から駆け落ちすることに。

その晩は遅いので松戸で一泊。翌日、古賀崎の堤へかかり、流山から花輪村鰭(ひれ)ヶ崎へ出て、渡し船に乗って水街道へかかり、遅い時刻になったがもうすぐ羽生村というところ。麹屋という店で夜食をして道を聞くと、これこれで渡しを渡れば横曽根村。土手沿いに回っていけば羽生村へ出るという。そこは昔、累(かさね)が殺されたという伝説があるところで累ヶ淵と呼ばれる場所。

お久の手を引いて行くと、この日は8月27日の晩で、鼻をつままれるのも知れないという真の闇、殊に風が吹いて顔へポツリと雨の滴。遠くからゴロゴロという雷鳴が聞こえ、ピカリピカリと雷光が・・・。怖がるお久だったが、土手を廻って下りさえすれば直に羽生村と思い進もうとすると、土手の上からツルツルと滑ってしまい、お久は何かでズブリと膝を切ってしまった。大層血が出ている。そこには草刈鎌が置いてあり、その上へお久は転んでしまったのだ。新吉は手ぬぐいで縛ってお久の応急手当をし、包を背負っているので負うことはできないが、肩へつかまらせてお久を連れて歩き出す。

お久「有難う新吉さん、・・・これから所帯を持って夫婦中能く暮らせれば、これほど嬉しいことはないけれども、お前さんは男ぶりは好し、浮気者という事も知っているから、ひょっとして外の女と浮気をして、お前さんが私に愛想が尽きて見捨てられたらその時はどうしようと思うと、今から苦労でなりませんわ」

新吉「何だね、見捨てるの見捨てないのと、昨夜(ゆうべ)初めて松戸へ泊まったばかりで」

お久「いいえ貴方は見捨てるよ、見捨てるような人だもの」

新吉「お前の伯父さんを頼って厄介になろうというのだから、決して見捨てる気遣いはないわね・・・、なぜそう思うんだね」

お久「だって、新吉さん私はこんな顔になったよ」

お久の綺麗な顔の眼の下にポツリと1つの腫物ができたかと思うと、たちまち腫れ上がり、まるで死んだ豊志賀の通りの顔になった。暗闇の中で、顔ばかりがありありと見えた新吉は、怖い三昧、懸命にこれを鎌で打ちつけた。はずみとはいいながら、逃げようとしたお久の咽喉(のどぶえ)に掛かり、お久は草をつかんで七転八倒の苦しみ。「ううン恨めしい」という一声で息が絶えた。

あたりはドウドウという車軸を流すような大雨で雷鳴も激しく轟き渡る。この場から逃げようとした瞬間、新吉はズルリと土手から滑ってボッサカの脇に落っこちた。すると、ボッサカの中から頬被りをした男がニョコリと立ち上がったので新吉は驚いたのなんの。

この男は土手下の甚蔵という羽生村のならずもので、小博打をしているところに手が入り、そこを逃げ出して、追っ手から逃れるためにボッサカの中に隠れていたのだった。

甚蔵「この泥棒」

新吉は這々の体で逃げ出し、どこをどう逃げたか一軒の茅葺き屋根の家に明かりがついているのを見つけ、助けを求めて住人を叩き起こした。しかし、その家は甚蔵の家だった・・・。

以下、その5へつづく・・・


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その3) [落語]

3.豊志賀の死

登場人物:

豊志賀(皆川宗悦の長女)

深見新吉(深見新左衛門の次男)

勘蔵(元・深見家の門番)

お久(小間物屋・羽生屋三五郎の娘)

鮨屋(蓮見鮨の大将)

女(蓮見鮨の女将)

駕籠屋

善六(豊志賀が住む長屋の住人)

彦六(同上)

あらすじ:

皆川宗悦の次女・お園の死から19年後。姉の志賀は御年39となり、富本の師匠として豊志賀を名乗っていた。お園と同様、豊志賀も男嫌いで堅いという評判で、この師匠なら安心ということで大家(たいけ)の娘も大勢稽古にやってくる。男は来ないのかというと、これが逆で、堅い女性の師匠の下には妙に男が集まるという・・・。深見新左衛門の次男の新吉もそんな男の一人であった。

新吉は御年21になっていた。元・深見家の門番である勘蔵(現在は新吉の伯父ということになっている。新吉は自らの出自を知らされずに育っていた。)のところでぶらぶらしていたが、元々が芸事が嫌いではなく、伯父のところにいて嫌みを言われるより、豊志賀の師匠のところにいる方が面白い。色々と手伝いなどをするうちに、師匠に気に入られ、食客(いそうろう)として、師匠宅の2階に寝泊まりするようになっていた。これではどうみても情夫だ。

堅いと評判の豊志賀だったが、新吉と深い仲になると、大勢いた弟子達は一人去り、二人去り・・・。残ったのは小間物屋・羽生屋三五郎の一人娘のお久だけとなってしまった。

お久は御年18で愛嬌のある別嬪さん。新吉の顔を見てはにこにこ笑い、新吉もうれしいからニヤリと笑う。その様子に豊志賀は嫉妬心が沸き、お久への指導が厳しくなる。しかし、お久は芸が上がると思うので師匠の指導に従う。また、お久は母親に死なれており、家では継母に苛められるため、師匠にどんなに辛くされても稽古にやって来た。

こんな調子なので悋気の焔(ほむら)の絶えない豊志賀の眼の下にポツリと訝(おか)しな腫物ができてしまった。腫れはどんどん大きくなり、紫色に少し赤味がかかり、ただれて膿がジクジク出る。眼も一方が腫れ塞がって、その顔の醜(いや)なことというものは何ともいいようが無い。

豊志賀は体調も崩し、食も喉へ通らなくなって、ますます痩せてしまい、骨と皮のように。そして顔の腫物は大きくなるばかり。けれども、新吉は師匠の世話になったことを思って、よく親切に看病をした。

豊志賀「新吉さん、私はね、どうも死にたいよ。私のようなこんなお婆さんを、お前がよく看病しておくれで、私はお前のような若い綺麗な人に看病されるのは気の毒だ気の毒だと思うと、なお病気が重なって来る。私が死んだらさぞお前が楽々すると思うから・・・。私が早く死んだら、お前の真底から惚れているお久さんとも逢われるだろうと思うからサ」

新吉「何を言うのだよ・・・」

夜は夜で、豊志賀は「新吉さん、新吉さん」と同じようなことを言う。寝付いたので疲れを休めようとごろりと寝ようとすると、また、「新吉さん、新吉さん、私がこんな顔で・・・」。

若い新吉は何を見てもこわがって尻餅をつくという臆病な性(たち)。不人情のようなだがとてもここにはいられない。大門町へ行って伯父の勘蔵に相談して、いっそのこと下総の羽生村の知り合いのところに行ってしまおうかなどと色々なことを考えているうちに、豊志賀は寝付いた様子。その間に新吉はふらりと外へ。茅町から片側町へかかるところで向から提灯を点けて来たのはお久。日野屋へ買い物に行くところだという。

新吉「師匠の枕元でお飯を食べると、おちおち咽喉へ通りませんから、何処かへ往ってお飯を喫(た)べようと思うが、一人では極まりが悪いから一緒に往っておくんなさいませ」

2人は蓮見鮨へ向かう。鮨屋では二階の四畳半の部屋に通された。2人が差し向かいで食事をするのは初めてで、色々と話をするうちに、お互いに下総に親類がいることが判明。お久は継母に苛められており、下総の伯父の三蔵に手紙を出して相談をしたら、下総に来てしまえとのこと。なので事によったら下総へ行きたいとおもっているとのこと。

お久の伯父のいるのは下総の羽生村で、ここは「累(かさね)伝説」のあるところだという話になり、新吉は自身の今の身の上も「累伝説」に近いものがあると、最近の豊志賀の気味の悪さを語る。よし、2人で下総へ逃げよう。すると、・・・

お久「新吉さん、ほんとうに私を連れて逃げてくださいますか」

新吉「ほんとうとも」

お久「豊志賀さんが野倒死にになっても?」

新吉「本当に連れて行きます」

お久「ええ、お前さんという方は不実な方ですねえ」

お久の綺麗な眼の下にポツリと一つ腫物が出来たかと思うと、見る間に紫だって腫れ上がった。新吉は驚いたのなんの。這々の体で勘蔵のところへ駆け込んだ。しかし、そこには一足早く利かない体の豊志賀が来ていて、新吉とのこれまでの経緯を説明。新吉との縁はフッツリ切って、これからは赤の他人とも、姉弟とも思って、死に水だけでも取ってもらいたいという。

新吉「お前先刻何処かの二階へ来やアしないかえ」

豊志賀「いいえ」

すると、さっきのお久の顔が腫れたのは気のせいだったのか?勘蔵に説教をされて新吉は豊志賀を送っていくことに。病人なので駕籠屋を呼び、豊志賀がそこに乗り込んだとき、「新吉さんはこちらですか」との騒がしい男の声。豊志賀の住む長屋の住人・善六だった。豊志賀が亡くなったので早く来て欲しいという。駕籠の中をのぞくと豊志賀の姿はなかった。新吉はぶるぶる震えて「南無阿弥陀仏・・・」。

新吉は伯父の勘蔵とともに七軒町にある豊志賀の長屋へ向かった。早桶をあつらえ、湯灌をする事になって蒲団を上げようとすると、そこに豊志賀の書置が・・・。

以下、その4へつづく・・・。


「真景累ヶ淵」登場人物とあらすじ(その2) [落語]

2.深見新五郎~松倉町の捕り物

登場人物:

深見新左衛門(小日向服部坂の旗本)

その奥方(新左衛門の妻)

深見新五郎(新左衛門の長男)

深見新吉(新左衛門の次男)

黒坂一斎(市ヶ谷の一刀流師範)

お熊(深川網打場の女)

勘蔵(深見家の門番)

按摩A

按摩B(皆川宗悦の亡霊)

座光寺源三郎(本所北割下水の旗本)

おこよ(女太夫)

梶井主善(浅草竜泉寺の易者)

諏訪部三十郎(旗本)

下総屋惣兵衛(谷中七面町の質屋の主)

きわ(惣兵衛の妻)

お園(宗悦の次女)

勇治(深見家の元下男、松倉町在住だがすでに死去)

春(勇治の娘)

森田金太郎(春の亭主、石河伴作という旦那衆の手先)

富蔵(捕り物方)

勝蔵(捕り物方)

あらすじ

深見新左衛門が皆川宗悦を殺したことは誰にも分からなかったが、新左衛門の奥方は「ああ宗悦は憫然(かわいそう)な事をした」と思い悩む。翌年には神経の病にかかってしまい、乳も出なくなってしまった。乳母を置く余裕もないため、門番の勘蔵に二歳になる次男の新吉を抱いて前町まで乳をもらいにいかせるというありさまであった。

市ヶ谷にて一刀流の剣術指南をしており、のちに仙台侯のお抱えになる黒坂一斎の内弟子となっていた長男の新五郎。御年19歳。これを呼び寄せて、病人の看病にあたらせたが、どうにも手が足りない。

殿様の新左衛門は相変わらず酒浸りで、仲働きの女を置くことに。深川網打場の者で名はお熊。御年29歳で、「美女(よいおんな)ではないが、色の白いぽっちゃりした少し丸形のまことに気の利いた、苦労人の果と見え、万事届きます」。お熊は妾となり、屋敷での態度も大きくなる。とうとう新五郎は家出をしてしまうことに。そしてお熊は殿様の子を懐妊する。

奥方の病状はますます悪くなり、体に差し込むような痛みを訴えるように。その年の12月、殿様は勘蔵に鍼医を呼ぶように命じると、ちょうど外に按摩(按摩A)の笛の音が・・・。一時しのぎの鍼ではあったが、痛みはおさまり、5日間連続で按摩Aの鍼治療は続いた。ところが、5日目に打った鍼がひどく痛む。以来、按摩Aは姿を現さなくなった。

鍼を打った箇所からはジクジクと水が出るようになり、新左衛門も立腹。12月20日の夜になって、おもてを通る按摩の笛の音が・・・。この按摩(按摩B)をつれてきて治療にあたらせるが、ひどい痛み。

按摩B[痛いといってもたかが知れておりますが、貴方のお脇差しでこの左の肩から乳の処までこう斬り下げられました時の苦しみはこんな事では有りませんからナ」

新左衛門「エ、ナニ」

と振り返ってみると、按摩Bは宗悦であった。新左衛門はゾッと総毛だち、そばにあった一刀をとって宗悦に斬りつけると、宗悦ではなく奥方であった・・・。

奥方は病死ということになり、翌年の冬。本所北割下水(ほんじょきたわりげすい)に座光寺源三郎という旗本があり、これが女太夫のおこよという者を見初め、浅草竜泉寺前の梶井主善という易者を頼み、その家を里方にして奥方に入れたことが露見。ご不審がかかり、家来ともども召し捕り吟味中、深見新左衛門、諏訪部三十郎という旗本の両家は隔番で宅番を仰せつかった。諏訪部三十郎が宅番の11月20日の晩、新左衛門は自らの屋敷で酒を飲んでいると、庭の植え込みのところに痩せた不気味な坊主が現れた。「狸の所為(しわざ)か」と斬りつけると、一段の陰火が生け垣を越えて隣の諏訪部三十郎の屋敷へ落ちた。すると、その翌日から諏訪部三十郎は病気となった。新左衛門は一人で座光寺源三郎宅の宅番を勤めていると、ある晩、梶井主善がおこよ、源三郎を連れて行こうと同類を集めて、抜身のヤリで押し寄せてきた。役柄上、捨て置かれない新左衛門は一刀を取って斬り掛けるも、多勢に無勢で殺されてしまった。

深見家と座光寺家は改易、諏訪家は百日の間、閉門を仰せつけられるという騒ぎに。お熊は産み落とした女児を連れて深川の網打場へ引き込み、門番の勘蔵は新吉を抱いて大門町の知り合いのところへ貰い乳をして育てていくという情けない成り行きに・・・。

そこへ深見家の総領である新五郎が戻ってきた。新五郎は家出をした後、下総の三右衛門のところへ厄介になっていたが、淋しい田舎暮らしは性に合わず、詫び言をして屋敷に戻ろうとしたところであったが、両親は非業の死を遂げ(母親は父親に斬殺されたことをなぜか知らされている)、深見家は改易。「今更世間の人に顔を見られるのも恥ずかしい、もうとても武家奉公も出来ぬからいっそ切腹致そう」。青松院の墓所で腹を切ろうとしているところへやってきたのが谷中七面前の下総屋惣兵衛という質屋の主。新五郎を優しく説得し、面倒をみることに。

新五郎は人柄もよし、御年21歳で読み書き算盤も上手く、愛想も良い。新五郎は奉公人として惣兵衛の厄介になることに。この家には中働きの女中として皆川宗悦の次女・お園も厄介になっていた。新五郎とお園はお互い仇どうしでありながら、お互いそのことは知るよしもなし。柔和な好い女であるお園に新五郎は「ああいう女を女房に持ちたい」と惚れてしまう。お園の方はというと、若いのに堅いところがあり、新五郎の熱烈なアプローチにも柳に風と受け流してしまう。これには惣兵衛も妻のきわもすっかり安心して、お園が感冒(かぜ)で寝込んだ時に、新五郎が女中部屋でお園の看病をすることを認める始末。

ある冬の夕飯時。香の物がないといって、たすきをかけてお園が物置へ香の物を出しにいったところを新五郎が待ちかまえており、お園を誘う。お園は看病をしてもらった恩があるため、無碍にもできず、新五郎に引き寄せられる。

お園「アレ新どんお止しよ」

新五郎「此方(こっち)へお出で」

お園「アレ新どん、お前気違じみた、お前も私もしくじったらどうなさる」

もがくお園を新五郎は無理無体に口を押さえ、夢中になって押さえると、お園がウーンと身を慄わして苦しみ、パッと息が止まったから驚いた。お園の背中には押切という刃物がつきささって血だらけになっていた・・・。動転した新五郎は持参した大小を取り出し、店にあった百金を盗み取って逐電。奥州の仙台侯のお抱えになっていた剣客・黒坂一斎のところで剣術の修行に入り、身を潜めることに。

頼みの黒坂一斎が亡くなると、新五郎は故郷が恋しくなり、もう2、3年も経過しているから大丈夫なのではないかなどと考えているうちに、胸に浮かんだのが勇治という元・屋敷の下男。たしか本所松倉町に住んでいるはずなのでこの者を尋ねることに。細い横丁へ曲がりに入ると、あとからパラパラパラと5、6人の者が駆けてくる。これは手が廻ったか、しくじったと思い振り返ると捕り物の様子。あわてて荒物屋に飛び込むとその店の女は驚いた。事情を話すと、ここは松倉町で、女は勇治の娘で春といい、幼少の頃の新五郎を覚えているという。勇治は前年に亡くなったのだという。新五郎を親切に手当をし、大小は風呂敷に包み箪笥へ入れて錠をかけ、着替えを用意。酒の仕度をし、鰻を注文してくるので留守番を頼まれるが、実はこの女、新五郎が来たらこれこれと亭主に言いつけられていた。亭主は石河伴作という旦那衆の手先で、森田の金太郎という捕り物上手。かねてから網を張って待っていたところだった。刃物はちゃんと箪笥の中へ始末してあることを聞き、それではと半纏を引っかけて鰻屋の姿で金太郎が新五郎のところへ。

すっかり油断していた新五郎。いきなりの「御用だ!」に事態を察知。一目散に逃げるが、板塀から飛び降りたところで、下に押切という刃物が置いてあり、土踏まずのところを深く切り込んでしまった。これには新五郎も観念。この日は11月20日で、お園の三回忌の祥月命日であったのも何かの因縁か・・・。 

以下、その3へつづく・・・


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